2016年12月12日

途絶えるということ

先日、悲しい知らせが来た。
尊敬しているコーヒーマンの訃報。まだまだこれからなのに、、、。

休日で閉めている店内で「ヤンニハラールモカ」を味わった。
香りもなく、味もそっけなく感じる。全然嗅ぎ取れない。

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「ヤンニハラールモカ」を突然紹介されたのが今年の8月頃。
商社と契約はしたもののまだ仕入れていないときに、何度かわざわざ電話をもらい、
「ヤンニ」の感想を求められた。
尊敬する先輩にこれ以上気を遣わせるわけにもいかなかったので、
9月には仕入れて、何度かテストローストを繰り返し、出来栄えのいい感じのものを
自分の感想として送ったことがあった。
そうしたら、すぐに返事が来て、一緒に豆も送られてきた。

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離れたところに居ても、珈琲でつながっているんだなぁ〜なんて
ほんわかした気持ちで、そのヤンニを味わった。

その方とは20代に一度だけお会いしたことがあるだけだったが、
イブラヒムモカの会とかアビシニアの会とかのお誘いで電話のやりとりを
細々と続けてきた。


その方が焙煎してドリップした珈琲は一度も味わったことがないけど、
受け継がれた精神はしっかりと受け止めているつもりだが、
実際を考えるととても心もとない気持ちになる。

また、ひとりの偉大なコーヒーマンがいなくなった。
今はその方のことを思い起こしながら、珈琲を味わうことだけで
一杯一杯だ。

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posted by 機屋店主 at 20:39| 日々のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月06日

Guatemala pacamara

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情報が氾濫している。コーヒー業界でも同じ。
昔(といっても10年くらい前)は、「グァテマラといえばアンティグア」くらいの
情報しかなかった。“グァテマラ”の尾ひれに“〇▲◇農園の〇▼◇種”なんてデータが付くように
なったが、自分自身はそのことをあまり気にすることはしなかった。

昨今のコーヒー界の流れは大きく変わってきたように感じる。
コーヒーの品質はコーヒーを輸入する商社が牛耳っている。コーヒーのデータも一方的に
供給される。取捨選択は日常茶飯事。

そんなことをぼんやりと考えながら「グァテマラパカマラ」を味わった。
苦味と香味が交差しながら野太い風味が印象的。
「グァテマラってこんな味だっけ??」なんて牧歌的なことを思いながら
コーヒーを味わうことがとても大切なんだ、と思う今日この頃。


話は変わるけれど、昨日楽しいひとときを過ごした。
家族5人でコーヒーの点て比べをした。
珈琲屋を始めたときにこんな時間がやってくるなんて微塵も考えたことがなかった。

posted by 機屋店主 at 08:19| 珈琲のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする